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実習生の作文ご紹介

オアシス協同組合の実習生がJITCO作文コンクールに入賞しましたので、いくつかご紹介します。

発展のために

出身:インドネシア  職種:鉄筋施工

 日本は世界で唯一、核爆弾の被害にあった国です。そして、物凄い早さで再建した国だと思います。そこにどんな苦労や努力があったか、私は知らなければならないと思っています。
子どもの頃、戦争についての映画をみたことがあります。それはお兄さんと妹の物語でした。ある日、爆弾が原因でお母さんが亡くなってしまいました。住んでいた町には、人も物も何もなくなってしまったので、遠くに住んでいる叔母さんの家に行くことにしました。ところが叔母さんは厳しい人で、2人はとても辛い経験をしました。それで、叔母さんの家を出て、2人だけで防空壕で生活を始めました。しかし、食べ物がなかったので毎日畑から芋を盗まなければならない生活が続きました。だんだん体が弱って、ついに妹は病気になって、亡くなってしまいました。お兄さんが絶望して、妹の骨を持ちながら座っているところでこの映画は終わりました。
もし私がこのお兄さんだったら…私にはできないと思いました。本当に大変な状況なのに、まだ小さい兄妹を助けられる人がいなかったのはとても悲しいことです。私はショックを受けました。
 この映画は1945年の出来事です。実は、インドネシアの独立も1945年です。独立の後で、インドネシアの生活はだんだん良くなりました。しかし、日本とインドネシアの発展には差があると思います。今でもインドネシアはいろいろな物を外国から輸入していますが、日本は色々な機械を外国へ輸出しています。あの悲しい物語からまだ71年です。何が日本をこんなに早く発展させたのか知らなければならないと思いました。それで、私は日本のルールや仕事のやり方や生活にとても興味を持ちました。インドネシアにもルールがありますが、守っている人は少ないです。インドネシアの発展の為にも、日本のルールや、日本人の考え方を学ばなければならないでしょう。
しかし、私は自分の国が大好きです。インドネシアは独立の前に、何年も戦争が続いて、生活は本当に大変でした。武器が少なくて、軍人たちは竹で攻撃していたのに、アメリカや日本やオランダはたくさん爆弾や武器を持っていました。それでも諦めないで頑張ったおかげで独立することが出来ました。これはインドネシア人の誇りです。
爆弾が落とされて、物が壊れて、人が亡くなっても日本は復讐しませんでした。そして、何が必要か、何が優先か、それを早く見極めることができたことと、日本人の勤勉な心が、こんなに早く国を再建させたんだと思います。
私は愛する私の国の発展の為に、日本からたくさんのことを学びたいと思っています。